もうすぐおじさんのごはん簿

日々の料理メモと、たまに大喜利

妄想のしめ鯖定食

また同じ話をしている。

 

駒崎はうんざりした気持ちで声の主を見やった。パソコンの画面の中で上司が会議の締めのコメントをとうとうと述べている。「マクロとミクロの視点を持て」、「競合他社との差別化を意識しろ」・・この上司は毎週同じ話をしていると陰口を言われている事すら想像出来ないのだろうか。

 

リモート会議を導入するようになり、移動や資料の出力の時間が省けるようになりだいぶ効率的になったが、その分こういった無意味な時間が非常に際立つしストレスになる。

 

駒崎はIT関連の企業に勤めて今年で9年目になり会社の中では中堅の立場で、現在は重要なコンペのチームリーダーを複数担っている。元々OAスキルに明るかった訳ではないが、入社してから出来ない事は自分で調べて身につけてきて、その技術を応用して業務を効率化していく事を繰り返していくうちにいつの間にか一目を置かれるようになっていた。

 

そうやって自分自身で知識をつけてきたため、何も調べずに質問をしてくる人間は上司部下問わず自分より下に見てしまう。特に上司は駒崎の事をいいように使おうと近寄ってくるケースが多いので、それに応えてきた事で若くして今の立場を任されてはいるが、その分のいわゆる無駄な対応時間には辟易している。

 

駒崎は思った事は口にするタイプなので、その直球の物言いに少なからずよく思っていない人間もいるし、駒崎自身もその事には気づいている。ただ多少きつい言い方かもしれないが、間違った事は言っていない自負はあるので意に介してはいなかった。なれ合いで仕事をしているわけではないし、駒崎ではなく自分の持っている知識や技術に周りが群がっていることも承知している。

 

次の会議に向けてのデータを整理しているとチャットが入った。

 

「駒崎さん、さっきの会議、本当に助かりましたー!」

 

1ヵ月前から駒場と同じ部署に異動してきた、後輩女性からだった。

 

「👍」

 

駒崎は会議の準備を進めながらすぐ返信した。メールやチャットの返信は極力早くする癖がついている。再度後輩からチャットが入った。

 

「○○さんの質問に対してもフォローして頂き感謝です!」

 

「全然大丈夫よ👍」

 

一方であまり気づいている人間はいないが、駒崎は情に厚い一面も持ち合わせていた。これは時に失礼ともとれる発言や、無駄を嫌う冷徹にも見える性格が前に出すぎているため気づいている人間はほとんどいなかった。

 

この後輩からのチャットも、会議中に理不尽に問いただされる後輩への助け舟ではあったが、周りからは無駄なやり取りが長引く事を嫌った駒崎が間に割って入ったという解釈となっている。

 

一息つくため自販機でいつものようにロイヤルミルクティーを買うついでにトイレに行き、洗面所に写る姿を駒崎はどこか客観的に見ていた。くせ毛で駒崎の年齢にしては薄い頭皮にポチャッとした腹はもう見慣れている。突っ込みどころ満載なビジュアルだと我ながら分かってはいるが、この年次と自分のキャラクターでは今では誰からも突っ込まれる事もない。

 

着信だ。前の部署で同じチームだった先輩からで、またパソコンのツールに関しての質問である事は明快だ。

 

「何ですか?今忙しいです。」

 

「いやごめん。一瞬だから少しだけ時間ちょうだい!申し訳ない!」

 

「じゃあお昼ご馳走してください。」

 

「もちろんです。むしろ奢らせて下さい。」

 

「じゃあ△△でお願いします。」

 

この先輩も他の人と同様で駒崎のスキルが目当てで連絡をして来ている事は分かっている。会社の人間の付き合いなんでそんなものだと駒崎は割り切っているし、この先輩は下手に来てくれる分だけまだ好きだった。

 

先輩とのお昼に指定した△△は魚の店で、近くの市場から店主自ら毎朝仕入れた新鮮な魚が人気でお昼時は行列が出来る事もある人気店だ。この日はお昼のピークを外して少し遅めに行ったためすんなり入れた。

 

駒崎は、しめ鯖定食を注文した。入店前から今日はしめ鯖という気分だったので迷いはなかった。しめ鯖は何故かたまに無性に食べたくなる。先輩と前いた部署時代の話などをしていると、ほどなくして料理が運ばれて来た。

 

しめ鯖は脂の乗ったいいサバを使っていて、酢の締まり具合が絶妙で、口に入れるとほのかに昆布の香りも鼻をぬけて味わいに深みを与えている。また少し炙る事で皮と身の間の脂が溶け出し、旬のサバの脂の濃厚さに酢のさっぱりさが加わり、駒崎はたまらずご飯と一緒にかきこんだ。

 

そのご飯もただの白米でなく日替わりで、今日はインゲンとちりめんじゃこの醤油炒め混ぜご飯だった。炊き込みでなく、炒めてから混ぜ合わせる事でインゲンとじゃこの味もしっかりと感じられる。付け合わせの旬野菜の漬物と合わせて野菜が摂れるので一人暮らしの駒崎には有難かった。

 

食事を終えて先輩と別れた駒崎は、次のリモート会議の準備のため再び自宅へ向かった。今日は19時からジムなので、駒崎はこの後のスケジュールを無駄なくこなせるよう段取りを確認しながら帰路についた。 

 

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  1. おかず「炙りしめ鯖」

 

鯖:1匹

 

砂糖:適量

塩:適量

酢:適量

昆布:1枚

 

・鯖を3枚におろして、パットの砂糖を入れてその上に鯖を乗せて身が見えなくなる位に砂糖を振り、1時間冷蔵庫に入れる

・軽く洗い流して、同様にパットに塩を入れてその上に鯖を乗せて身が見えなくなる位に塩を振り、1時間冷蔵庫に入れる

 

・同様の工程で酢に入れて1時間置く

・昆布と一緒にラップに包んで、2日間冷凍する(殺菌のため)

・薄皮をはいで、バーナーで皮を炙る

 

2:ご飯「インゲンとじゃこ炒め混ぜご飯」

 

インゲン:適量(2cm細切り)

じゃこ:適量

醤油:ふた回し

 

・油をひいて、インゲンとじゃこを炒める

・インゲンがしんなりしてきたら醤油を回しかける

・炊きあがったご飯に混ぜ合わせる